アイシン・エィ・ダブリュ 石川 勉社長を悼む
2012年1月24日 16:54
義理人情に厚く、人間味あふれるトップとして従業員から慕われていた。経営者として時に厳しく社員を指導する一方、周囲の人間への気配りを忘れたことはなかったという。
1971年に当時のアイシン・ワーナーに入社し、生え抜き社員として実績を積んだ。98年にはアイシンAWとして初の海外生産拠点となる米国子会社「AW・NORTH・CAROLINA」のトップに就任。当時は難しいと言われていた自動変速機の現地化を競合他社に先駆けて成功させた。
08年6月にアイシンAWの7代目社長に就任した当時は、環境対応車の普及を見据えてハイブリッド車(HV)用トランスミッションの拡販に意欲を燃やしていた。取材した記者は「会社をリードして行こうという強い意志と勢いを感じた」と話す。
道半ばで病に倒れたが、その志(こころざし)はアイシンAWの従業員が引き継ぐ。世界ナンバーワンのATメーカーの海外展開の礎となり、次世代技術対応のレールを敷いた石川さんのご冥福を心よりお祈りします。(奥野 秀康)




























